悩み・メンタル

帰宅部の君に伝えたい!中学高校6年間部活をしなかった僕の後悔

中学高校帰宅部の後悔

僕は中学・高校6年間帰宅部だった平成元年生まれの社会人です。

この記事は、今、帰宅部であることに悩んでいる中高生へ向けて、僕が帰宅部になった経緯や帰宅部の過去が人生に与える影響、そして一番後悔していることについて、正直な想いを書きました。

もし、今、過去の僕と同じように孤独や不安、コンプレックスなどの気持ちを一人で抱えているなら、役に立つ内容かもしれません。

僕の部活歴について

6年間、帰宅部と書きましたが、厳密には3回入部したけど3回とも2~3ヶ月以内に退部しました。

  • 中1でサッカー部(3ヶ月)
  • テニス部(2ヶ月)
  • 高校で陸上部(2週間)

部活の経歴…以上です。次に、すぐに部活を辞めて、帰宅部になった理由を正直に書きます。

すぐに辞めた理由

先輩が怖い

核家族で長男として生まれた僕は、転勤族だったこともあり、中学生になるまでは、年上の人と深く関わる機会がありませんでした。多少関わったこともあるけど、威圧的な先輩という存在が怖くて嫌でした。

一度入ったサッカー部やテニス部の上下関係に馴染むことができず、入ってするに苦しいと感じるようになりました。

できないことが恥ずかしい

思春期だった当時、恥ずかしいという感情にとても敏感でした。いつでもどこでも、恥だけはかかないように過ごしている。

クラスで自分だけが出来ていないことなど受け入れられない、死んだ方がマシというくらい恥ずかしさを感じていました。

僕は人前で話すことが苦手だったのですが、そういう機会があると一日中そのことを考えて憂鬱になってました。そのうち、人前に出ると声が震えて、涙目になるクセがついてしまい、それが本当に本当に恥ずかしかった。

発表系のイベントをなんとか耐えて無難にやり過ごしてきましたが、似たような感覚で、人前で先生に怒られたりすることにも常に怯えていました。怒られることは一生の恥だと思うくらいに感じました。

高校で入った陸上部で、周りの人が経験者ばかりだったため毎日毎日最下位でした。そんな自分が恥ずかしすぎて、1週間で辞めました。恥ずかしいという感情に支配されていたのかもしれません。

隠していた対人恐怖

中学・高校時代の僕は友達や家族にすら心を開くことができず、悩みを安心して相談できる場所がありませんでした。その引き金になったのは、小学校の頃に仲の良かった友達たちから避けられて孤立したこと、悪気はなかったけど何か失敗してしまった時に大人に怒鳴られたり、親戚の叔父さんにひっぱたかれたりした経験かもしれません。

他人は何で怒りだすか分からないし、優しそうな人がキレて豹変するのも怖すぎる。だから極力、他人と関わるのは避けよう、と考えるようになりました。何かを新しく始めることは、対人関係の悩みが増えていくことに繋がる。

そんな経緯があって、友達に心を開くことができなかった僕は、部活に入っても人間関係が上手くいきませんでした。気まずくて、辛くて、苦しくて、耐えられなくてすぐに辞めてしまいました。

運動系の部活に入らないといけないプレッシャー

親や親戚が運動部に所属していた人が多く、周囲からの運動部に入らないといけないというプレッシャーがありました。

運動神経は良い方だったので、身体を動かすこと自体は好きでした。当時、僕が興味があったのは絵や写真、魚釣りくらい。

美術部と写真部は中学、高校にありましたが、女子が多くて恥ずかしいという気持ちと、それ以上に運動系じゃないと部活じゃないという、親からの刷り込みがあり、踏み出せずにいました。

母親から「文化系は部活じゃない」と言われて育ってきたことで、運動系で続けられないならば「入る部活は無い」という結論に至りました。

興味のない部活に入って、人間関係や怖い先輩、過去のトラウマに向き合いながら、勉強も両立して頑張るなど絶対に不可能だと思いました。

だから、僕はせめて勉強だけは頑張ろうと決めました。

帰宅部コンプレックスをバネに、ガリ勉強したけど…

学年が上がり、周りの同級生が部活と通して活躍し、なんだか自信に満ちている様子を横目に、僕の頭の中では帰宅部コンプレックスが大きくなっていきます。少しでも解消したいと思って高校から週5で塾に通いました。

勉強だったら基本的に一人で伸ばしていけるし、分からないことが塾で質問して解消すればいい。最低限の人間関係で日々をやり過ごせるし、勉強さえしていれば大学には行ける。その時は、もうそれしか道は無いと思い込んでいました。塾に行ってガリガリ勉強していて、確かに成績が上がりました。

でも、帰宅部コンプレックスは無くなりませんでした。帰宅部なんだから学年で一番の成績にならないといけない、なって当然だ、と自分を追い込みました。

成績が上がらないスランプに陥った時には

 

「勉強ができなければ生きている意味がない」

「成績が上がらないなら、勉強以外に何も無いクズだ」

 

と病的なほど自分を追い込んでいました。そんな努力も虚しく、第一志望大には遠く及ばず、親から浪人はさせないと直前で宣告されて、僕の自信はここで、またゼロになってしまいました。

部活をやっていないコンプレックスを勉強で埋め合わせた日々の反動か、僕は内面が幼稚なまま年だけをとっていくような感覚をうっすらと感じ続けました。

大学生活でも足を引っ張る帰宅部という経歴

大学に入っても元帰宅部という過去はコンプレックスのままでした。大学の友達と中学、高校時代の部活の話題になると、心がざわつきました。帰宅部と言ったら、相手はどう思うんだろうか…

経験的に帰宅部にプラスイメージを持たれることはゼロに近いです。だから、いつも適当に美術部とかサッカー部とか言ってごまかしました。面白い切り替えしができれば、良かったんですが、僕には無理でした。

同じ高校出身者が大学に数人いたため、友達の友達で繋がって嘘がバレることもあり、結構面倒でした。

こんな僕でしたが、大学では美術部に4年間所属しました。最後は幽霊部員になりかけてましたけど…活動内容が毎年数回の活動のみというゆるい雰囲気だったため、自分のペースで続けられたんだと思います。市民美術展で作品で入選できたことは、貴重な成功体験になりました。

就活でも帰宅部コンプレックス

大学3回生になり、就活活動の面接で2次面接、3次面接と続いていくと、中高時代の部活動を聞かれて困りました。就職活動の面接がすごく苦手でしたが、さらに過去を掘り返すような質問をされると本当に苦しかった。おどおどしながら、サッカー部でした、と言って適当にごまかしていました。

今ならば、「勉強に集中するために帰宅部に入りました」と爽やかに言えそうなものですが、その余裕はなかったです。ある面接官に「帰宅部だけは信用できないよね、ラグビーとかやってたら信頼できるんだけど。君は何やってたの?」と言われたことがあり、自分の過去を責めたくなる時もありました。

社会人になったら元帰宅部とか関係無かった!

社会人になると、帰宅部コンプレックスを意識することが減りました。

仕事をやっていけば学生時代以上に濃い経験をたくさんしていくことになります。過去に部活でどう活躍していたかでは無くて、今、何ができるのかを求められます。

「あなたは帰宅部だったから、この仕事はさせないわ!」

ということはないのであまり気になりません。ただ、帰宅部は怠け者という先入観は持たれやすいので、そういうレッテルを貼ってきそうな人にはあまり言わないようにしています。

でも、今ならば、帰宅部だったからなんかダメなんでしょうか?くらいは言おうと思えば言えるぐらい、社会で揉まれながら生きています。

帰宅部で悩んでいる人に伝えたいこと

過去の経験から僕が後悔していることがあります。

それは、帰宅部で6年間過ごして、苦手な勉強ばかりやってきたことではありません。

運動部に入って、心身を鍛えなかったことでもありません。

僕が、本当に後悔していることは、

 

他人の目を気にしながら、他人の意見を優先して生きてきたことです。

僕は下のような価値観に従って生きてきました。

  • 「恥をかかないように生きる」
  • 「できないことが恥ずかしい」
  • 「運動部で活躍しないと意味がない」
  • 「難関大学合格」
  • 「大手有名企業就職」

これらの価値観は僕の考えだと思っていましたが、本当は親や親戚、世間一般、友達、どこかの誰かの意見でした。それをただ受け入れて従ってきた。

そんな自分のことをすごく後悔しています。僕は勉強することも、運動も好きです。運動部で活躍してる人がいたらすごいと思います。就職先は安定してた方が良いし、難関大学に行くことは就職の選択肢を広げる上でも意味があると思います。

でも、それは僕の本当の考えじゃなかった。

他人の意見を優先して、影響されて、無難な方を選んできました。過去に戻れることができたなら「美術部」か「写真部」に入ります。親は反対しただろうけど、おそらくサッカーやテニス、陸上よりは続いていたと思います。

好きなことが同じ人が集まる場所には、同じ雰囲気をもった人が多いんです。

だから仲間になりやすいんです。

少しずつで良いから、本当にやりたいこと、興味のあること、上手くなりたいことを探し続けて、そのために具体的に行動した方が絶対に良いと思うんです。

自分の意見を放置しているかぎり、自分の中身は成長しないまま。

「勉強したら褒められるから勉強が好き」というのは長い目でみるとおすすめしません。

何か好きな分野があって、もっと知識を深めたいから勉強する、であってほしい。

その「何か」を探すことから始めてほしい。

大人になったらなんでも「自由」です。

どんな仕事を選ぼうが、どこに住もうが、誰と結婚しようが、極論を言えば全部自分で選べます。

「自由」=「自分で決断する」ということ。

決断するためには、自分がやりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、嫌いなことを知っている必要があります。

僕は、ずっと他人の意見を優先させていきてきました。だから、大人になって、自分で決断することができなくて、仕事が選べなかったり、引きこもりになってしまったり、人に会うことが怖くなって、引きこもりやうつ病も経験しました。

とにかく、いろんな悲しいことをたくさん経験しました。

そして、言葉は悪いですが、自分の考えや意見より他人を優先させて生きるのは、本当に「クソくらえ!」という結論に至りました。

まとめ:一番つらい時に、僕を支えたものについて

中学、高校と6年間帰宅部だった僕にはもうできませんが、今帰宅部の人は、誰かに反対されるとかネガティブな要素があっても、興味があって、とりあえずやってみたい気持ちが1ミリでもあるなら、何かに挑戦してみることで世界は間違いなく広がります。

それが将来の仕事に繋がることもあるし、人生を変える重要なきっかけになるかもしれない。少なくとも、自分のことを知る経験になる。少しずつで良いから、本当にやりたいこと、興味のあること、上手くなりたいことを探し続けて、そのために具体的に行動してみてください。行動しないかぎり、自分の気持ちには気づけません。

断言します。考えているだけでは、気づけないんです。

これまでの人生で、本当に辛かった時に、僕を支えてくれたのは、好きなこと、得意なこと、興味のあることでした。僕にとって、それは文章を書くこと、絵画やアートに触れることだと気づきました。

親や学校の先生、友達、恋人、先輩、後輩、社会、大人、周りの人に理解されないことがあっても、周りのすべてが敵のように感じて、孤独になったとしても、自分が好きなことは、死ぬまで自分を支えてくれます。

受験に失敗しても、告白してふられても、先生に怒鳴られても、支えになってくれます。

 

ぜひ、今から好きなことを探してください。

 

自分にとって大切な何かを目を背けずに見てください。

 

それが、きっといつか、あなたの人生の支えになるはずです。

 

仕事のためという小さな理由で無く、人生のため、幸せに生きるため、という大きな目的のために。

 

参考になれば幸いです。

 

以上です
by ミケ男

ABOUT ME
ミケ男
ミケ男
運営者のミケ男です。僕は敏感で感受性が強すぎる気質を持っています。繊細すぎて生きづらさを抱えているブロガーとして、現代社会に押し潰されがちな僕たちのリアルな意見を発信します。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。