人間関係リセット症候群という悪癖の大きすぎる代償と克服方法

人間関係リセットしたい

どうも、人間関係リセットの常習犯ミケ男(@mikeoblog)です。

今回のテーマは「人間関係リセット症候群」。

ある日、突然今まで築いてきた人間関係を全てリセットするその不可解な行動が、ネットで話題になっています。

僕の体験も交えながら「人間関係リセット症候群」について考察しています。

では、早速どうぞ!

人間関係リセット症候群の特徴

ある日、突然、それまで築いてきた人間関係を、全てリセットしてしまう行動、というか衝動です。

人間関係リセット症候群の症状

  • 突然、SNSのアカウントを消す、もしくはブロックして他人との関わり遮断する。
  • アドレスを変えても、特定の人にしか通知しない
  • 卒業、転校、転勤、転職、引っ越しなど、節目のタイミングで連絡先を一気に消去する
  • 後でリセットしたことに罪悪感や後悔を感じる人もいる。

参考:ミドルシニアマガジン

症候群と呼ばれていますが病名ではなく、分かりやすい呼び名としてネットで広がっていきました。

人間関係リセットしたい人が急増中

急に人間関係をリセットする人が急増しているようです。

たまたま拝見したWEBメディアのライターさんも同じような悩みを持っていました。この人のさらけ出し具合は気持ちが良い。

人間関係をリセットしてしまう性格が災いして、Facebookの友達数はわずか10人(全て社内の人間)。

これまで、卒業アルバムの寄せ書きの欄は小学校から大学まで真っ白で、大人になるまでこの白紙のページが寄せ書き用だったと知らなかったほど。

笑うメディアクレイジー:サイトーさん

僕ミケ男(@mikeoblog)も人間関係リセットの常習犯。リセット経歴を振り返ってみます。

ミケ男がリセットしてきた人間関係

初めてのリセットは小学三年

始めて人間関係をリセットしたのは、小学校3年生の時でした。

慣れ親しんだ大阪から三重に転校。子どもならではの適応力を発揮し、新しい学校にすぐに慣れました。そして迎えたお正月。

前の学校の友達から年賀状が届いていました。本当の申し訳なかったのですが、その年賀状を「めんどくさい」と思ってしまいました。

今考えても、本当に温かい友達だったのに…

小学校のトラウマ

嬉しいけど、新しい学校が楽しくなってきたし、もうこの先、前の友達とは会わないと思う。

適当に

「今年もよろしくね」

とだけ書いた年賀はがきを期限ギリギリに送っていました。

当然、年を重ねるごとに前の学校の友達からの年賀状は減っていきました。これが初めて実行した人間関係のリセットでした。

友達と大喧嘩して2度目の人間関係リセット

やっと慣れ始めた新しい学校生活。しかし、あまりにも活発すぎたのか、楽しさ最優先で生きていた僕は、周りの友達の気持ちまで想像できなかったことで、少しずつ反感を買うようになりました。

正直、友達に対してひどいことを言ってしまったり、無茶苦茶なことをやったりしていました。悪気は全然なかったのですが…

小学校で仲間外れ、1人ぼっち

やがて「仲間外れ」という報復を受け、それ以外にも辛いことが続いて心に傷を負いました。

「こんなに辛いなら、もう絶交するしかない。」

これで、2度目の人間関係リセットが発動されました。

しかし、そのリセットだけでは終わりませんでした。今までとは違うグループの子たちと遊ぶようになっても、少しずつ周りから人が離れていくように感じました。些細なことで喧嘩をした後に

「もうあの子とは遊びたくない」

と、再び自分から友達と距離をおくようになりました。いつしか僕は一人ぼっちになり、中学2年の時に再び転校。

そこで、小学生〜中学校生活の人間関係が完全にリセットされました。

このスパイラルは高校、大学、社会人になっても続いています。

人間関係リセットして後悔すること

リセットしたことを後悔しているのか、というと、もちろん後悔しています。例えば、以下のような時にそう感じます。

アドレス帳が真っ白

真っ白になった連絡先を見て虚しくなります。

はじめはスッキリした気持ちになるけど、もしかしたら誰かが心配して連絡してくれてるかも知れないなどと妄想することもあります。

ただし、連絡をもらっても、素直に返事ができないことも多い、素直になれない時期がある。だったら、もう全部リセットしてしまう方が楽だと考えてしまう。嫌な人から連絡がきたらどうしよう、とかもあれこれ考えて。

気軽に街を歩けない

人間関係をリセットしたばかりの時期は、街が歩きにくくなります。

どこでリセットした相手に出会うか予想ができない。どんな顔で合えば良いのか分からない。今でも、以前勤めていた会社の近くを通るのが恐ろしくて仕方ないです。もちろん、自業自得なんですけど。

JIBでサイクリング

人と深く付き合うことができない

「友達がいないんだ」と言う人の話を聞くと、すごく虚しくなります。

本当に友達がいない人がここにいますよって(泣)

友達を作る喜びよりも、好きだった友達が離れていく怖さがトラウマとして強く残っています。心を開いた友達から仲間外れにあったり、仕返しされたり、少しずつ距離をおかれたりする、過去に感じたあのジワジワと孤独になっていく辛さを二度と味わいたくない。

そんな僕は、大人になっても人と深く付き合うことが苦手です。「こんなはずじゃなかった。」そうやって時々心の中で思います。

人間関係リセットした後の罪悪感について

リセットした時の罪悪感は、相手によって違っていました。

良くしてくれた相手への罪悪感はある

リセットした時、僕に優しく接してくれて人に対しては、ただただ、申し訳ないと思っています。でも、良い人たちも、きっと嫌な人とどこかで繋がっているような気がしてリセットしたくなるんです。だったら、もう全てを切ってしまえ、と。

もう、あれこれ考えることにも疲れて、とにかく「ゼロ」にしたいという結論になります。

嫌がらせを受けてきた相手に「罪悪感」はない

苦手だった人、ずっと苦しめられてきた人との関係をリセットする時は、罪悪感はありません。むしろ「もう関わりたく無いです」と伝えたいくらいの気持ちです。

自分の本当のキャラクターと、現実で生きる自分のキャラクターが違い過ぎてバランスが取れていないのかも、と思うくらい「我慢」してしまいます。

全部をリセットしなくても良かったという後悔

先日、人間関係リセットについて、知り合いに聞いてみました。

人生の節目で、今後関わりが無くなるだろう相手の連絡先を残してるかどうか。

その人は一応、連絡先は残しているそうです。でも、実際に連絡を取り合ったり、会ってお茶したりするのは、本当に限られた数人だけ、とのことです。

もしかすると、僕はその「本当に限られた数人」との関係までリセットしてきたのかと思うと、やはり後悔してしまいます。

繰り返される「我慢の関係」と「人間関係リセット」

色んな人とうまく関係を築くために精一杯に振舞っているけど、いつしか、その我慢も限界に達した時、関わる全ての人間関係を終わらてきました。

自分を偽って演じて関わってきた人達との関係全てが嫌になる。全てが嫌な思い出になる。家族や親など最低限の関係だけを残して、全部削除したい衝動にかられる。

それをどうこう言われても聞く耳を持てない。どうこう言われることすら嫌だから、全てをシャットアウトするんだと、逆に背中を押されてしまう。そうやって人間関係が繰り返しリセットされ続けました。

もう癖になっているのかも知れません。

同じように考えている人もいるようです。

関連する話として、親友は5人までしか作れないというイギリスの調査があります。

親友は5人までしかできない

イギリスの人類学者ロビン・ダンバーによれば、人間の脳のキャパ的に本当に親しい関係は5人までしか築けないらしいです。僕が消してしまった人間関係の中に、親しくなれたはずの5人がいたのかもしれません。

まずとても親しい5人程度のコアな関係があり、それから少し親しさが薄れた10人、さらに親しさが薄くなると35人程度、そしてその外側に100人が存在していると。

引用:GIZMODO

参考:wikipedia ダンバー数 

 

そもそも、人間関係ってなんなんだ

ここで、そもそも人間関係とは何かについて気になった僕はwikipediaで調べてみました。すると「古代から現代まで人類の人間関係スキルは進歩が無い」という興味深い話を知りました。

人間関係は古代からほとんど進歩していないらしい

人間関係というものは、しばしば悩みごとの筆頭に挙げられるものであり、人間関係という問題の歴史の長さは人類の歴史の長さと同じほどだと考えられている。大昔の人、例えば古代ギリシャ人による人間関係の描写の中には、現代人が読んでも、まるで今日の人間関係のことのように思えるようなものが多々ある。それはつまり、人間関係の問題というのがある意味、進歩が無い、いわば「永遠の問題」だということを示している。

引用:wikipedia 人間関係

古代から現代まで、人間関係の問題は進歩がない、あるいは永遠の問題だということ。つまり答えがないのかもしれません。

独りよがりだけど、色々考えてきた

リセットを後押しする気持ち

リセットを後押しするような理由を僕は考え尽くしてきました。嫌いじゃない人たちをリセットしてしまう時には、

「全員の連絡先を消してるから、あなたが嫌になった訳じゃないんだ、どうか伝わってくれ、わかってくれ」

とか。リセットして心配してくれてるのかな、と思いつつ、もう誰にどう思われても良いや!という気持ちにブレーキが掛かりません。

自分もリセットされて辛かった

高校から大学に上がる時、アドレス帳をリセットしました。全てではないけれど、適当に連絡先を残す人と残さない人を決めました。

残そうと思った人だけに新しい連絡先を送った時に、「このアドレスは使われていません」とエラーが帰ってきた時、結構ショックでした。

だから、この寂しさを二度と感じたくないという気持ちも強く感じました。小学校の時のトラウマを呼び起こす。でも、癖になっているだけな気もする。

今思えば、小学校の時に親友にされた「仲間外れ」が、その子から僕へのリセットだったのかも知れません。

小学校の親友との喧嘩

注意!人間関係リセットしたら,ゼロじゃなくて「マイナス」になる

人間関係は本当にリセットできるのか

例えば、「モノ」はすぐに捨てられます。ときめかないものは「今までありがとう」と感謝してから捨て去ることが、片付けの魔法の鉄則となっています。

人生がときめく片づけの魔法

必要なくなったモノが無くなると、本当に必要なときめくモノだけに囲まれた生活が手に入る。そんな片付けのセオリーがあります。

しかし、

人間関係は本当にリセットできるのか?ゼロに戻せるのか?

と疑問を抱きました。

おそらく、人間関係はゼロにはなりません。きっと、リセットを試みたらゼロより先のマイナスに振り切れるのが人間関係ではないでしょうか。

「連絡先を消された」「メールがエラーだった」

一度出会った人との間には、この世に生きている限り関係は続いている。

連絡先を消去することは「音信不通になる人間関係」を構築しただけなのかもしれません。

人間関係はリセットできない

最悪なデメリット

人間関係をリセットすることの一番のデメリットは何でしょうか?それはきっと、本当はリセットしたくない人との関係を傷つけてしまうこと、ゼロではなくマイナスにしてしまうことに尽きると思います。

たとえ苦手な人とでも、連絡先があるだけでは何も起きません。だから、全てをリセットするのはもったいない。たまに誰かに会いたくなった時に、気軽に連絡できる友達が1人でもいると、いつの日か懐かしい話に花を咲かせることができたかも知れない。

全ての縁を切るデメリット

人間関係からは逃れられない

職場で仕事に集中したいのに、うるさい人がいて気が散るとか、街で歩いていて人にぶつかりそうになるとか、電車に乗ったら隣でおじさんが酎ハイを飲みだしたとか、レジで愛想が悪かったとか。

考えてみれば、全部、人間関係だとも言えます。

期待したら裏切られるし、裏切られると思ってたら、逆に報われたりして、とにかく思い通りにならない。相手のためにやったことで、責められることもあるし、辛い時に、追い討ちをかけられることもある。自分に優しい人もいるし、キツく当たる人もいる。

それでも、人間関係からは逃れられないのだとすれば、リセットを試みてマイナスの関係を作っていることは、どう考えても自分を苦しめていました。

様々な意見がある。何が正しいかは誰にも分からない。

僕がこれからどうしたいのか考えてみた

  • 一緒に飲みに行って近況報告くらいする人がいたほうが人生楽しいと思えてきた。
  • どんなにダサくてもカッコ悪くても、昔の僕のことを知ってる人がいて、語り合えるたら嬉しいかも知れない。
  • リセットしてきた人の中に、僕のことを心配してくれた人が1人くらいはいたかも知れない。
  • 辛い過去があったとしても、その時間を自分が生きた証拠として、連絡先くらい残しておいても何も減らない。
  • リセットして連絡先を消した後の罪悪感で、気持ちよく街を歩けないのは嫌。
  • 無用な反感を買うことにメリットは少ないし、今までの経験からすると精神衛生上のメリットすらない。
  • 人間関係は死ぬまで無くならず、ずっと逃れられない。
  • 音信不通という関係を、本当にリセットしたくなかった人と築くのが一番のデメリットだった。

きっと、僕が人間関係リセットについて向き合いたいと思ったのは、ちっぽけな動機からでした。

たまに誰かに会いたくなった時、寂しくなった時、連絡できる人がいた方が楽しい。

そういう時に「連絡先が見つかりません」「電話番号は使われておりません」はちょっと悲しいよな、やっぱり良くないよなって、そう思いませんか?僕は思います。

自転車でハーバーランド

まとめ:連絡先やアカウントを消しても、人間関係はリセットできていないのかも

人間関係とは、人類の永遠の悩みであり、テーマであり、極論を言えば人類の全てであると思います。

人間関係をリセットしたくて連絡先を消したり、遮断したり、逃れようとしても、結局は人間関係の中で生きていかないといけない。

外国に行って違う価値観に触れても、そこにはきっと人間関係があって、田舎に行っても、都会に行っても、最終的には何かしらの人間関係の中で生きていく宿命を背負っています。人間関係からは死ぬまで逃れられない、リセットできないみたいです。

そう考えた時に、親しい関係を築けたかも知れない出会いまで、今までリセットを試みて傷つけてきたと思うと、すごくもったいないことをしたと感じます。

リセットを試みるとどうなるか、

人間関係がゼロを超えて「マイナス」になります。そして、いつまでも一人ぼっちのままの自分を作ってしまう。

やっぱりこう思います。

  • 嫌いな関係のために、全ての人間関係をリセットしなくて良かった。
  • 街を歩きづらくなる原因を自分から作らなくても良かった。
  • 深く付き合えた人と出会えたかも知れなかった。
  • 人が離れていく辛さや孤立する悲しさを味わっても、それでも人間関係を続ければ良かった。

きっとそうなんです。そして、結局リセットしようとしても、どこに行っても、

「人間関係からは逃れられない」

これを心底理解できたことが、この先の自分の人生にどう影響するのかは分かりませんが、何かの良いきっかけになれば良いなと思います。

人間関係からは逃れられない

いかがだったでしょうか?

今回は人間関係リセット症候群について、色々な視点で考えられるだけ、考えてみました。

誰かの何かしらの悩みのヒントになれば嬉しいです。

以上です

by ミケ男

▼人気記事:職場で先輩にイジられ続けて試した9つの対処法

もう嫌!いじられるの限界!職場で先輩にイジられ続けて試した9つの対処法

2018.05.21

 

▼注目記事:一度打ち解けた人ほど、後から気まずくなる

一度打ち解けた人ほど後から気まずくなる心理を考察

2018.05.18

 

▼こんな記事も書いてます

【HSPが読むべき1冊】5冊読み推薦する日本人HSP当事者の「繊細さんの本」

2018.09.09

【体験談】怒鳴ることは暴力!PTSDに繋がるパワハラ!僕がトラウマを克服した対処法

2018.08.14

 

▼ミケ男について詳しく

【ミケ男が分かる14記事】