悩み・メンタル

ネット依存で忘れてた平凡な日常を感じる力

ネットやテレビを見ていると、毎日毎日、新しいニュースが飛び込んできます。

メディアは世の中の変化をいち早く知らせてくれるありがたいツール。

しかしネットばかり見ていると、毎日を楽しめない自分に気づきました。

平凡な日常はニュースにならない

例えば、こんな話はニュースになりません。

○月●日、神戸市に住んでいるミケ男という自称ブロガーの29歳の男性が、朝6時に起きました。

いつも通り朝ごはんを食べてから、ネットサーフィンを始め、気づけば10時近くになっていたそうです。

今日は美容院の予約があるので14時には大阪へ向かうそうですよ。

以上中継でした。

byミケ男

平凡な日常の話をしても「うん?それで?」と言われそうな、何でもない一日。

これが僕にとっては、一番良くある普通の一日。

幸せでも不幸でもない、普通の一日です。

メディアの一日は波乱万丈

毎朝、ニュースを見る度に、誰かと誰かがケンカしてたり、誰かが亡くなったりしています。

有名人の誰かが何かを言って話題になります。

事故や災害も毎日起こります。

セクハラやパワハラが横行しています。

逮捕される人が後を絶ちません。

他の国では、テロや紛争で大変な状況です。

逆に、感動する話も溢れています。

難病を患っている子どもにサッカーのスター選手がサプライズします。

野球もサッカーもスポーツも格闘技も、毎日何かイベントがあって、対戦結果が出ています。

ニュースを見ていると退屈しません。

毎日でも飽きません。

メディアは話題が溢れています。

現実世界に価値を感じない

その一方で、僕の現実は久しぶりに美容院で髪を切りにいくだけで緊張するような日常。

働いている時は、会社の人間関係で上司に嫌味を言われて、ストレスを抱える日常。

運動で発散したり、お酒を飲んでリラックスするような日々。

僕の当たり前の日常は、メディア目線で見ると、なんの価値も無いように思えます。

でも、本当の僕は、美容院に行って髪を切るだけでも、すっきりして幸せを感じたりできるのに…

メディアばかり見ていると、自分の世界が地味過ぎて、苦しくなることがあります。

それを和らげるために、またメディアを見て、麻痺させているような日々を僕は送っています。。

平凡な毎日は価値が無いという強迫観念

毎日毎日何かイベントが無いといけないような強迫観念があります。

どこに行った、どこで何をした、何を見に行った、話題やネタになることをした、みたいなことが大事。

メディアのニュースは、僕が一年に一回体験するかしないかの出来事を、毎日毎日報道しています。

そんな日々を送っていると、まず自分の生活が虚しく思えてきます。

そこに、仕事のストレスとか、他人から自分の人生にあれこれ口出しされると、

本当に辛くなることがありました。

以前、勤めていた会社で、僕をしつこくイジってくる原始人のような先輩に良く言われました。

「もっと自分の意見を言わないとあかんで」

「もっと何か新しいことやらなあかんで」

「もっと女遊びせなあかんで」

この先輩自身も不器用で可哀想な人だったんですが、

先輩からのメディア視点のような言葉に僕は振り回されていました。

本当は自分の生活にそこそこ満足していたのに、

先輩から言われる度に、自分の人生が平凡に感じて、虚しい気持ちになっていました。

[kanren postid=”89″]

メディアを見て、満足してしまう

○○に行ってきた、というブログやYOUTUBEを良く見ます。

例えば、ドイツに行ってきたとかいう記事や動画を見ると、ドイツのメリット、デメリット、日本との違い、日本人が気をつけるべきこと、ドイツに行くための手続きから資金、何から何まで分かってしまいます。

それで満足してしまう自分がいました。

言葉では「体験しないと分からない」と知っていても。

その言葉すら、どこかの本で読んだフレーズだったりします。

一枚の写真で夢と創造が膨らんだ図鑑

まだネットが普及していなかった小学校の頃、図鑑でしか見れなかったアマゾン川の魚の写真。

たった一枚の写真と、簡単な説明だけが書かれていたそのページが僕の想像力をかりたてました。

アマゾン川には、日本の川では見られないようなカラフルで大きな魚がたくさんいるらしい。

いつか、アマゾン川で釣りをしてみたい、と思っていました。

しかし、だんだんネット社会になるにつれて、アマゾンの情報が勝手に入ってくる。

現地は治安があまりよくないらしいとか、行くまでにお金がたくさんかかってしまうとか、衛生面で日本人は行かない方が良いとか。

テレビの企画でもアマゾン川探検みたいなのを良くやっていて、僕が見たかった魚も一通りテレビで見てしまった。釣りをしている番組も何度も見てしまった。おまけにネットやYoutubeで動画で、何度も繰り返し見ることができる。

それで、満足してしまう自分がいて、そういう生活にもう10年以上どっぷりつかってきました。

平凡な毎日の中で、いつか叶えたい夢だったことも、メディアを通して実現した気になってしまうことで、

自分のリアルな世界がどんどん色あせていくように感じました。

平凡な毎日があるから、特別な日が際立つ

平凡な日常があるからこそ、いつもと違う一日が特別に感じられるのかもしれない。

例えば毎日焼き肉を食べていたら、焼き肉の価値はどんどん下がっていく。

毎日食べるよりも、一カ月に一回食べる焼き肉の方が、ずっと美味しく感じるはず。

さらに、テレビやネットでは超高級焼肉やステーキを食べている様子が毎日毎日垂れ流されている。

これを見て、自分が食べている焼き肉の価値が薄れそうになる。

でも、それはたぶん間違っている。

僕にとって、もっとも尊いことは、毎日の当たり前の生活の中で、たまに食べる焼き肉を、心から美味しいと感じること。

安い焼き肉でも、美味しいと感じて幸せだと自分が感じられることの方が、ずっと価値がある。

何かに挑戦するにしても、それは同じように当てはまると思う。

僕は平凡の中で生きていこう

周りの影響を受けやすい性格の僕だからこそ、自分のありふれた日常の尊さを感じていきたい。

本当は朝に海辺を散歩して、魚が泳いでいるのを見るだけでもテンションが上がる僕なのに、

メディア目線で考えるとちっぽけでとるにならないものに思ってしまうのは悲しい。

僕は平凡な日常の中に、価値が詰まっていると思う。

そして、自分が体験して、感じたこと以上に、価値のあるものなどない。

僕は平凡な自分の人生の中で、人から見たら大したことが無いかもしれなくても、小さな喜びを感じたい。

自分が生きていることをありのままに感じたい。

僕は平凡な中でリアルに生きていこうと思います。

 

そんな記事でした。

 

以上です

byミケ男

[kanren postid=”2697″]

【ミケ男が分かる14記事】

ABOUT ME
ミケ男
ミケ男
運営者のミケ男です。僕は敏感で感受性が強すぎる気質を持っています。繊細すぎて生きづらさを抱えているブロガーとして、現代社会に押し潰されがちな僕たちのリアルな意見を発信します。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。