振り返り日記

コロナ禍でブロガーミケ男が辛かった事、学んだ事、これからの事

コロナ禍で繊細ブロガーが辛かったこと

この記事は、繊細系ブロガーミケ男が、コロナ禍と共に2020年3月頃から非常に苦しんだ体験を綴ったものです。

記事の目的は、自分自身の気持ちの整理のためと、イベントや企画に関わってもらった人達に最低限の説明をしておきたかったからです。

長い文章になってしまったので、先に結論から言うと、ブログをもう一度じっくりやっていこう、というお話になります。

また、あくまでも”現時点”の考えという点もご理解ください。

やっと人生に光が見えた

繊細系ブロガーの僕が開業届を出したのは2019年7月でした。

その半年くらい前に会社を辞めて、精神的にボロボロの状態で、ただ生きているのが精一杯でした。

散々就活でも仕事でも苦しんで、歩みたい人生を全く歩めず、スキルも経験も何もないことに絶望していました。

唯一やっていて、自分がやる意味を見出せたのは、悩みの体験談を発信するブログ運営だったので、記事を書いたり、独学で勉強を続けていました。

覚悟の意味も込めて開業し、個人で生きる道を進みました。

何度も心が折れましたが、HSPという心理学概念に感銘を受け、HSPの記事を書き、交流イベントに参加しました。

僕のブログを知っている人がいたのが嬉しく、自分でもHSP交流会の主催を始めました。

HSPの事業とコロナ禍

イベントとブログ運営でなんとか生計を立てられたのが2020年1月頃。

大学新卒の給料くらいでしたが、活動に対するポジティブな反響もあって、続けていけば、事業としてやっていけそうな希望を感じました。

交流会の主催はやりがいがあって、ボランティアでも良いくらいに思っていて、コツコツ続けていくつもりでした。

テレビや新聞から取材のお話を頂いたりして

「苦しい生活からようやく抜け出せる」

という希望を感じました。

たぶん人生で1番充実していました。

今までの苦しい経験が、良いことも、悪いことも含めて報われて、誰かの役に立っている実感がありました。

「天職」に就けたような気がしました。

そういう時期に、新型コロナウイルスが蔓延し始めました。

コロナ禍とイベント中止

イベント会場を、先払いでおさえていたのですが、前日からコロナウイルスによる自粛ムードが一気に高まりました。

深夜にキャンセルが多発してしまい、中止の連絡にヘトヘトになっていました。

会場代は当然払い戻せず、たぶん1万5千円くらいでしたが、自転車操業だった僕にとっては大金でした。

水道光熱費分が賄えなくなると思ってかなり凹みました。

最初から中止にしとけば良かったという後悔もありましたが、

今考えても、当時は行動力が全てだと思っていて、感染症対策万全で開催することしか考えられませんでした。

その後、事業の柱だったイベントが休止し、順風満帆だった日々が、一瞬にして来月家賃が払えない状態まで転落しました。

ギリギリの生活だった

ただの貧乏自慢になりそうですが、とにかく切り詰めた生活をしていて、社会保険関係は猶予できるものは全部猶予して、残りは全て滞納するしかありませんでした。

1年以上歯医者さんや病院にも行きませんでした。

水道光熱費関係は停止のギリギリの期限まで払いませんでした。

どれかを先に払うと、どれが払えなくなるから、これはいつまでに払わないでおこう、というやりくりを毎月していたからです。

人が泊まりに来て鍋をしようとした時に、ガスが止まり、お湯が出なくなったこともありました。

家賃の振り込み票が1番怖かったです。家賃は一気にお金が消えるので、払うタイミングを間違えると、普通に餓死します。

毎月、そのやりくりを考えると憂鬱になってしまうので、カフェなど気がまぎれるところで作戦を立てました。

お金のことを考えると、家族のことなどのトラウマを思い出して、数日引きずってしまい不眠など仕事に支障が出てしまうのが辛かったです。

イベントの中止は仕方ないけど、他にあてもなく、何とか屋外で開催できないか、ずっーと情報収集をして、企画を考えていました。

コロナの集団感染のニュースが繰り返し報道される中、自分のイベントで何かあったらと思うと、怖くて、企画は全部白紙になりました。

イベントに力を入れるために放置していたブログは、コロナ禍の間にアクセスが半分以下になってしまい、悪いことが続きました。

▼2019年には月間9万PVあったアクセスが、コロナ発生の時期から一気に下がり、2020年11月には2万5千PV以下になる勢いです。

読者に寄り添うほど、ビジネスとのバランスが取れなくなりました。

今では、イベントをやってきたことを少し後悔している自分がいます。

自己責任ですが、色んなものを失った気がします。

お金以外で困っていたこと

騒音で不眠

上の階の住人の男性が、昼夜逆転している少し大変な人でした。

普通の人間が寝る時間に、全く気を遣わず生活音を立てていました。

管理会社に相談しても根本的な解決は難しく、何かあれば警察を呼ぶしかない状態でした。

その人のお母さんが定期的に世話に来ているようで、時々激しく口論しているのが聞こえました。僕は気分が悪くなって、カフェに逃げ込んでいました。

そのうち、街がロックダウンしたことで、カフェも閉鎖してしまって、とうとう逃げ場さえなくなりました。

不定期で怒鳴り声をあげたりするので、僕は耳栓かイヤホンを常に準備していました。

できるだけ家で過ごしたく無かったのですが、コロナ禍により家での時間が増えたことで、騒音の影響をモロに受けて、追い詰められていきました。

水泳ができない

週2~3回、水泳で長距離を泳いでスッキリするのが、生活のルーティーンでした。

大抵のことは水泳で、頭がスッキリすると、気にならなくなるほどでした。

僕の一番重要なストレス発散の手段だったので、コロナ禍で、通っていたプールが完全閉鎖されて、本当に困りました。

行ける距離のプールは全て閉鎖されてしまい、1ヶ月以上泳げない時期が続き、ストレスがどんどん溜まっていきました。

同じ有酸素運動でジョギングを始めようとしたら、膝を痛めてしまったりもしました。

人と交流が無い

個人事業でやっていたので、人との接触が一切無くなってしまったのも、精神的に辛かったです。

リアルな交流会を通して、人と触れ合い、場所を借り、準備することで社会と関わっている実感があったので、それが数少ない社会との接点でもありました。

人間関係リセットの癖は今も治らず、孤独というのは恐ろしいものだと実感しました。

1日の9割5分を誰とも話さずを1人で過ごす日々に、だんだん希望が見えなくなっていきました。

ダニの大量発生

部屋でダニが発生していたのも悩みでした。北向きで湿気がたまりやすく、

梅雨の時期は、油断すると部屋のあらゆるものにダニが付いている状態で

目を凝らしてじっくり見ないように過ごしたりしていました。

ダニ対策、本当に何をやっても効果がありませんでした。早く引っ越したいけど、

お金が無いから「一刻も早く稼ぎたい」という焦りがすごくありました。

現在は、その部屋で使っていた家具、服など、ダニが付きそうなものを全て処分し、新しいものに買い替えています。

一番安心したい家の中が、一番居心地の悪い場所になっていました。

悲しいことが続く

悲しいことはまだまだ続きました。

  • ただでさえ孤立していたのに、スマホを海に落として壊れる
  • 7年くらい乗っていた自転車が街で撤去される(自分も悪いけど)
  • 新しく買った自転車が1日で壊れ、保証外のため破棄
  • 自己投資のために給付金で買ったPC、生活費のために1ヵ月後に半額以下で売って損する
  • 一眼レフ、カリモクのソファ、本、などをひと通り売る
  • 隣に住んでる人が毎晩夜12時頃にペペロンチーノを作るので、寝る時にニンニクの臭いが部屋に充満して辛い
  • プライバシー的にブログには書けない悲しいことも色々とあった

行動すればするほど、悪いことが起きてました。

勢いと行動がモットーだった自分には、辛い時期でした。

特に精神的にキツかったこと

信用事故が個人事業の融資に響く

コロナの特別融資を借りる審査で、僕の信用情報に傷がついていたことが響きました。

以前、仕事を辞めて貯金が尽きてしまった時、小銭も何もかも無くなりました。

コンビニでクレジットカード払いして食べ物と命を繋いでいた期間が1ヶ月くらいあったのです。

働くこともできず、ブログもうまくいかずの状態で、誰にも頼れず、とりあえず1ヶ月生き延びたいという気持ちでした。

滞納額は10万円くらい。もちろん滞納は絶対にやってはいけないことです。その事故情報は、今後5年間消えません。

個人事業をやるときに、ただでさえ信用が無いのに、色んなチャンスを逃すことになりました。

もちろん融資してもらえるだけありがたいことですが、社会保険関係の滞納額が合計30万円近くあって、融資ではそれを払うと生活費1ケ月も残らない。

イベントもできなくて、ブログで急に稼ぐのも難しい状態でした。

入金まで2週間以上かかると言われていたので、毎日口座をチェックして、入金を待っているのが本当にみじめでした。

二度と滞納してはいけないと再認識しましたが、これからも5年間は何度も学ぶことになるでしょう。

引越しの決断と保証人

騒音問題で限界を感じていましたが、お金がないので、引っ越すこともできません。

ただ、眠りたいだけのために、家でテントを張ったり、ホワイトノイズマシーンを買ったり、色々とできることは尽くしました。

しかし、ある深夜、あまりにも生活音が大きく、我慢の限界で、怒りで壁をドンと叩きました。

賃貸の部屋の壁に、拳の形の穴が空いていました。

「こんな場所にいたら、身も心も終わってしまう」

次の日に引越しを決断しました。

不動産屋さんに行くと、最初は個人事業主ということで、勝手に稼いでいる人みたいな扱いを受けました。

事情を話すと、当然ですが不動産屋さんの顔色が変わったのを感じました。

すごくみじめでした。

仕方ないですが、社会的にこういう状況を経験すると、非常に苦しくなります。

社会的に信用が無いというのは、男として受け入れがたく苦しいものです。

そして、父親を保証人として立てるように言われました。

父親に頼みましたが、やりとりはずっと地獄でした。

本を10冊以上かけるくらいの根深い想いがありますが、

誰のプラスにもならないので割愛します。

要求された借用書を書いて、親にお金を借りました。親にも信用されていなかったので、仕方ないと思います。

引越してもトラブル…

引越し先でも騒音

下の階の人が深夜の騒音が本当に酷く、DIYでもしているような音が響いています。

それで自分の生活リズムまで狂ってきて、またその悪循環で別のトラブルが起きました。

隣の人が神経質すぎて、警察を呼ばれる

下の階の音で、深夜に起されてしまうので、起きた時は、仕方なく部屋の掃除して気を紛らわせようかなと思った日がありました。

すると、突然玄関のベルが鳴って、開けたら警察官が3人いました。うるさいという苦情が来たそうです。

人生で初めて警察を呼ばれたのもショックでしたし、そういえば何か物音を立ててしまった時に、横の壁がドンってやり返されるような何度か音がしていたことを思い出しました。

苦労して引っ越した先で、再び騒音トラブルにあってしまいました。

最上階にわざわざ引っ越したのに。。。

しばらく家で眠れる心境になれず、近所のホテルに1泊して、次の日から3日間静岡に旅行に行って、気を紛らわせていました。

さすがにTwitterで本気の弱音を吐きました。

今は、前の家と同じく、耳栓やイヤホンを使っています。

ホワイトノイズも活用しますし、できるだけ騒音を受けないように、早く寝るリズムを心がけています。

活かしたくないけど、前の家での経験が活きています。

オンラインサロンを3ヶ月で閉鎖

HSPのオンラインサロン_繊細サロン

オンラインサロン「繊細サロン」を開設したのは、ちょうどコロナ蔓延と重なる2月下旬でした。

知り合いのプロのデザイナーさんに、本当にありがたいことに破格でデザインをお願いできて、最高のデザインを持って、やる気満々で挑みました。

1番の目的は、リアルの交流会の常連さんたちが、オンラインでも交流できて、参加費も安くなるような仕組みを作ることでした。

また、遠方から交流会に来てくれる人も多かったので、オンラインで距離を気にせず交流できたらいいなとも思っていました。

売り込みなどをしたくなかったので、Twitterなどでもあまり営業はかけませんでした。

交流会をコツコツ続けていてば、自然に会員さんが増えていくはず、それが理想だと思っていたからです。口コミで自然に広がっていってほしかった訳です。

リアルのイベントと勢いが前提だった

コロナでリアルのイベントができないため、サロンはオンラインでの勝負になっていきました。

オンラインの交流を何度が主催しましたが、一番感じたのは、リアルよりオンラインの方が僕は疲れるということでした。

オンラインで何かトラブルがあると、リアルより対処が難しく、一人で問題を抱え込みやすく感じました。リアルよりも距離感を取りずらく感じました。

お金も精神面も余裕が無くなってしまった僕にとって、片手間で全く新しい事業を1人で運営することが大きな負担になっていきました。

かと言って、誰かと一緒にやるには、僕が致命的なほどコミュニケーション力が無くて、たぶん関わる人を困らせていました。

当然、会員さんはなかなか増えず、ほとんど何もしていないのに、毎月1000円で入会してくれている人に、申し訳なかったです。

毎日サロンをやめるかどうか自問自答する3ヶ月でした。

とりあえず残しておく、という考えにもなれませんでした。大手企業のサービスなので無料にするのはちょっと違うし

貧乏をしてきた経験からも、会費1000円という重みも感じていました。

安い価格にすればと思いましたが、今どき数百円でもそれなりのサブスクサービスがある訳で、サービスに似合う価値を提供できていると思えませんでした。

あれこれ手は打ちましたが、最終的に閉鎖を決意しました。

たくさんの人を裏切っていると感じました。

巻き込んだ罪悪感、今まで築いていた信頼が崩れるようで、辛いことでした。

僕の力不足で、オンラインサロンに必要な、あらゆる力が足りませんでした。

HSPの認知度が上がり、勢いだけはあったので、サロンを管理する会社の担当者さんが期待してくれて、動いてくれたのかもしれません。

申し訳ないという気持ちしかない中、3ヶ月で閉鎖しました。

トラウマとか最近よく考えていること

いつもは記事に書こうとして消す内容ですが、こういう記事なので、あえて記録としての残そうと思います。

僕は最近まで親に期待していました。個人で努力していれば、結果を出せば、メディアなどにとりあげられたりすれば、親はきっと認めてくれるのでは、という期待がありましたが

 

思い出すとキリが無いので、ほどほどに書き綴ってみました。正直、読むものではないので、飛ばしてもらうのがおすすめです。

父親にキャリアカウンセラーの資格を取りたいと相談した時に、お金は出すと言ってくれた後、直前になって「一生懸命働いた金だからありがたく使え」みたいなことを言われて、結局受けるのを辞めた。

母親と久しぶりに電話で話した時に、気が緩んでしまい、ずっと言えなかったことで、昔叔父にボコボコにされたことがトラウマだったと話した。母親からは言われたのは「それは叔父には言わないであげて。心の中に一生しまっておいてください。お願いします。叔父は私にとってとても大切な存在だから」だった。その電話で、僕のHSPの活動を否定されたり、早く結婚してほしい、普通に就職してほしい、貯金をしてほしい、生活保護とかを使うなら甘え、みたいなことをツラツラと言われた。全部受け止めて聞いた後に、母親から「あなたはカウンセラーに向いていると思う」と言われた。その夜一睡もできず、次の日に母親に「あなたは親として人間として最低です。人を馬鹿にするな」という趣旨の電話をした。詳しく何を言ったかは覚えてないけど、そこで悟ったのは、僕はカウンセラーには絶対に向いてないことだった。

3年くらい前に、久しぶりに実家に帰った時に、大学時代に描いた絵が母親によって粗大ゴミに出されていた。気に入ってる絵じゃないから良いよ、と言っていたことを後悔している。

夫婦の仲が悪いのに、それを子どもと母(父)の中が悪い、みたいにすり替えられた。悪者にされたのが常に僕だった。やりとりを通して、それが、今も続いていたことが分かった。親のことを考えると、少し虚しい気持ちになる。上手く言葉にできないけど、世間体を気にしてるから、息子がこうなって可哀想だとも思う。普通にポジティブな両親なので、その調子で頑張って、元気に生きたら良いと思う。親に期待することは本当に何もなくて、あまり言葉も出てこない。

HSPの認知度が増えた、自分はダウンしていた

2020年頃から、テレビや新聞でHSPが取り上げられるようになりました。

ちょうど、僕の心がボキッと折れた時期です。

HSP界隈が盛り上がっているタイミングで、なぜ自分は潰れてしまったのか、運の無さ、タイミングの悪さを嘆きました。

SNSも見ていると辛くなり、何度も辞めようと思いました。

Twitterには思い入れがあったので一歩踏みとどまり、フォローをゼロにして、情報を遮断することで、かろうじて続けられました。

ただ、HSPの認知度が上がっても、なんだか、概念が正しく伝わってなかったり、

ダウンタウンの松本さんが言うように「言葉がひとり歩き」状態になっていると感じました。

結局、自分がそのブームに乗っても上手くいかなかったと思っています。

さらに辛いことが3つ

ここに書いていないことで、他に3つの大きな問題を抱えていました。

毎日、そのことを思い出して、どうしようもない日々を送ってきました。

自分の中で、まだそれらの出来事は整理できていません。

忘れるというより、人生を通して背負っていくことになると思います。

時間が解決してくれるのをひたすら待つしかないと感じています。

それらの事から学んだのは

  • 自分の直観があてにならないこと
  • 他人を救うことなどできないこと
  • 他人に期待するのは辞めようということ
  • 見た目で人を判断してはいけないこと
  • 悪気が無いことが一番むごくて恐ろしいということ
  • たびたび自分の外見に理由を求めてしまうこと

などでした。どちらかというと、暗い雰囲気の学びが多いです。

でも、底抜けに明るいのもどうかと思うので、バランスよく生きたいです。

強烈な二日酔いの日に考えたこと

お酒への依存が強まった時期がありました。

上の辛いことの影響が大きかったです。

2年間、お酒もタバコもやめて体調は良かったのですが

重なる不幸に、夜中、一人でシラフでは耐えられない感覚が襲ってきました。

心療内科に行くことも検討しましたが、母親から「甘え」と言われてきた呪縛があったり、過去に数回相談に行った時

事務的に薬を処方しようとして信用できなかったり

大丈夫ですよ!と軽いノリであしらわれたりして

強い苦手意識がありました。

ひどい所は「あなたより大変な人がたくさんいる!」的なことを言われて、余計辛くなったこともありました。

カウンセリングを受けることも考えましたが、オンラインのやりとりに苦手意識が出てしまっていました。

ていうか、もう疲れてきたので、自分のことを人に話す気にもならないので、

一時的に、お酒に救いを求めました。

一人で飲み過ぎて体に不調が出て、それで病院にも行きました。自業自得です。

ある日、酷すぎる二日酔いで寝込みました。

何をしても気分が悪く、何度もトイレに駆け込む半日を過ごして

二度とお酒を飲みたいくない、と思えるの苦しさの中で、考えたことがありました。

最近の行いは全て自分のせいで、今起きていることは、自分がしたことのツケが返ってきてるんじゃないか?

病気で苦しい人を見て、他人事のように感じることがあるけど、本当に体調が悪くなると、こんなに苦しかったんだ。じいちゃんが入院している時、こんな感じで痛くて、不安だったんだろうな。死にたいって言ってたけど、そのくらい痛かったんだろうな。バンプオブチキンの歌で「熱が出たりすると 気づくんだ 僕には身体があるって事」というメロディがずっと流れていた。あの歌をもう一度聞きたい。

親に謝りたいと思った。電話ですぐに謝りたいと思った。基本を大切にしたり、努力したり、人として正しいことをしたいと思った。でも、元気になったら、真逆の気持ちになった。どっちが正解なのか、全く分からない。

裏切られた、心を踏みにじられた、思っていたあの人は、自分なりに誠実に関わってくれたのかもしれないと思った。もう二度と会ってはもらえないと思うし、ずっと引きずっているけど、無理に忘れようとしてもダメだったから、背負って生きていこう。悪気が全くない人から受けた心の傷は、どこで治せばいいんだろう。ずっと悩んでいる。

昔付き合った彼女とは、平凡な日々だったけど幸せだった。ありのままの自分を一番肯定してくれた人だったなと思った。

これまで色んな間違いをしてきた。これからも間違うと思うけど、同じ失敗はできるだけしたくない。失敗ノートを作って記録しておきたい。でもこういうの、過去に何回もやって、いつも今度こそ続けよう!と思って結局続かない。でも、とりあえず失敗ノートを作ろう。

肉体的に心底辛い時は、いつも考えないことを考えたりするようです。これが素直な気持ちかどうかも分からないですが、記録として残しておきます。

ちなみに、今はバーで少量のお酒を、文化人っぽい人達の話ながら飲むという楽しみを手にいれました。

難しい話は分からないですが、ノリや雰囲気が落ち着いていて楽しいです。

「飲み方」は大事だと学びました。

振り返り

話が脱線しまくりましたが、考えをまとめます。

もう一生貧乏生活はしない

極貧生活はもう二度としたくないです。

我慢するくらいならプライドや意地や見栄は捨てた方が良いと思いました。

もちろん犯罪とか悪いことをする以外の方法で、豊かな生活を送りたいです。

このように宣言することも、ほとんど無駄だと分かってきました。

でも、極貧で生きることだけはもうしたくないです。

今、借金があるので、むしろ貧乏を越えてしまっているかもしれませんが

あまり深く考えるのはやめましょう。

毎日がほどほどに豊かであることが大事です。

HSPに依存しない

HSPと言っても、色々な人がいます。

気質よりも価値観や人生観の方が、相性としては大事かなと思ったりします。

HSPは遺伝する可能性が高いという話があります。僕の祖母や母親のHSP度は高めだと思います。

だけど、僕とは生き方も価値観も世代も性別も違っていて、全く相性が良くなかったです。

そもそも、僕は武田友紀さんの本を読んで繊細さを大事にしようと思えました。

武田さんの本のスタンスが好きだったので、武田さんの本が好きな繊細さんとは相性がよさそうです。

まず、本などで知識を持っている人と関われたら、共通の認識があって、コミュニケーションがスムーズかもしれません。

自分軸で生きる

自分軸が無いことが、人生全体で僕自身を苦しめていると分かってきました。

趣味で絵を描くことがありますが、絵の師匠から昔言われた

「絵ときちんと向き合おう」

というアドバイスで、初めて「向き合う」という言葉の意味を理解して、今の僕があることを思いだしました。

最近、師匠に教わったことの1つは「結局”自分”」ということです。

HSP界隈でも「自分軸」という言葉をよく聞きます。

絵の世界にいても、どこにいても、「自分軸」が不足していたようです。

僕の自分軸のキーワードとしては

ブログ…死にそうな時でも、続けたいと思える唯一のもの。

関わる人…文化人が集まるバーで出会う人は、素直で面白い人が多くて居心地が良い。自分自身が病んでいることが多いので、同じように病んでいる人と集まってもあまり良くないと思うし、誰かに救いや助けを求められても、何の知識も経験も自信も無いので、力になれることが無い。そういう期待をさせてしまうのは良くない。修業を積んで、余裕がある時には、何かしらの形で、社会貢献できたらいいなとは思う。辛いという気持ちは、よく知っているから。

受験で親のために進路を諦めた後悔…学生時代に人生をかけて大切にしていた軸を、親のために諦めてしまった。自分の軸を大切にしないことで、最終的に自分が苦しむことが分かった。キャリアでも絵でも、他人の気持ちを優先して、人生がめちゃくちゃになってしまった。同じ失敗はしたくない。

孤独でいない方がいい…僕はもともと人と関わることが好きなタイプ。ずっと誰かと一緒にいるのはしんどいけど、ずっと1人でいることも相当苦しい。今、僕が部屋で死んでも、誰も気づいてくれない。だから、孤独にならないように生きていきたいと思う。

ブログは死んでも続けられる

傷つきやすい僕が、誰に何を言われても、続けられているのはブログだけです。

ブログはマイナスをプラスに変えられる、魔法みたいな場所だと感じます。

考え過ぎて、マイナス思考になる自分にとって、マイナスさえ受け入れてくれるブログが貴重な居場所。

だから、ブログはこれからも続けたいです。

コロナ禍でも、どんなに辛いと思った時でも、ブログを辞めたいとは思いませんでした。

自分が死んでもブログは残るので、ブログって不老不死で、最強だなと思います。

ブログをもっと本業にして、文章力や写真、動画などの技術を磨きたいです。

キャリアに悩むけど、結局ブログかな

バイトを週3くらいでやっても良い気もするけど、やっても数ヶ月で辞める気がします。

自分が良いなと思う人が紹介してくれる仕事なら、できそうな気もしますが、分かりません。

何が何に繋がるかも分からない。

人生は予想がつきません。

コロナ禍のように、最高から一瞬で最悪になることがあります。

そう言えば、僕は主催者をやっていたクセに、人の面倒見が良くないことが分かって、リーダーとかも、少し違うのかなって思いました。

絵の師匠に「世間にウケる画風じゃないと、成功しない気がするんです」と相談したら

「それは結果論だよ」と言われました。

結果が出た人の画風がその画風だっただけって。

そうそう、コロナ禍で絶望している間に、辞めたことがたくさんありました。

  • オンラインサロン閉鎖
  • イベント・オンラインイベント主催の休止
  • イベント告知サイトの登録解除
  • HSPのTwitterグループ解散
  • Twitterのフォロー解除
  • ブログのコメント欄閉鎖
  • HSPのLINEグループ閉鎖
  • LINEアカウント削除
  • ZOOMの解約

最近は、ブログの時代も終わったということも言われますが

ブームが去っても、良いものはずっと残るはずなので、伝統芸能みたいになっても、ブログを続けていくことが大切なのかなと、思ったりします。

オンラインが苦手と言っても、オンラインで活動するのはこれから必要なので、少しずつ、慣れたいと思います。

交流会も、存在していることに、意味があるとも思うので、片手間でできるくらい余裕ができれば、いつかやれたらいいなと思います。

良いこともあった

コロナ禍でも、良いことはありました。

HSPの友達と素敵な出会いがありました。

引越し先の候補を検討している時に、HSPのフォロワーさんに丁寧に街を案内してもらい、栞まで作ってもらいました。

HSPで偶然繋がって仲良くなった3人でオンライン通話したのも楽しかったです。

個人的な悩みを聞いてもらったフォロワーさんがいて助かりました。

カウンセラーさんのような専門家でもないのに、重い悩みを話すのは負担にさせてしまったと思うし、距離感も難しくなってしまうから、これからは辞めようと思ったけど、その時はかなり救われました。

コロナ禍をTwitterで心配してくれる人がいたので、暗い発信ばかりするのは良くないなと思いました。

まとめ

今回の記事で、ここまで長い文章を書いてしまうほど、考えすぎる傾向ある自分を再認識しました。

でも、考えないで生きていると、他人軸で振り回されてしまうことも分かりました。

直感だけを信じても上手くいかないし、考えすぎてもダメで、

人生は本当に難しいです。

とりあえず、ブログを書くという分かりやすい活動を続けて

シンプルに記事を書く力を上達させたいなと思います。

確かなことが何もありませんが、ブログがあるだけでも、まだ救われていると思います。

困った時は、困っている分野の師匠を見つけて、本音で相談することも大切だと思っています。

とりあえず、ブログがあってよかったです。

内容の割に、まとめが淡泊になってしまいすいません。

これから、もっと良い記事が書けるように精進します。

以上です。

HSPの本を一冊は読んでおこう!

HSP(Highly Sensitive Person)は、病気や障害ではなく「気質」です。

HSPには下記のような特徴があります。

  • 5感(光、音、臭い、カフェイン等)が敏感
  • 感受性が強く、傷つきやすい
  • 人間関係で消耗し、人込みや集団が苦手
  • 音楽や芸術に心を惹かれる
  • 病気ではないのにいつも生きづらい

しかし、自分では繊細だと思っていても、「他人の感情への共感」が苦手だったりすると、HSPではない可能性もあります。

HSPかなと思ったら、信頼できるHSPの良書を1冊読むだけで、理解が劇的に深まります。

信頼できる情報を、分かりやすく学ぶなら「本」がオススメです。

▼10冊以上のHSP本を読んだブロガーのおすすめ本をまとめた記事はコチラ

HSP_おすすめの本10冊まとめ
【HSPの本まとめ10冊以上】繊細系ブロガーのおすすめ書籍この記事で紹介するHSPの本を書いた著者は、アーロン博士、武田友紀さん、長沼睦雄先生、みさきじゅりさん、上戸えりなさん...etc ...

最初の1冊が決められない人は、

HSPの専門カウンセラーで600名以上の実績を持つ武田友紀さんの著書

繊細さんの本」がオススメです。

▼「繊細さんの本」の紹介記事はコチラ

【HSPが読むべき1冊】7冊読み推薦する日本人HSP当事者の「繊細さんの本」